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TO BE FREE

〈自分になる〉ために

多忙の暇の間にあって

日記、
 今日は疲れる一日だった。
 僕の仕事は、基本的には暇だと感じることが多い。
デスクに座り、書類を分析したり、文章を書いたり、調べものをしたり。基本的には自分のペースで仕事ができる。
 それでも時々は、忙しくなることがある。なんだか、世界が突然僕のことを思いだしたみたい、と感じる。
 そんなとき、僕は少しだけ何かの中心にいるような気持ちになる。自分が歯車のような構造の中心にあって、僕の動き次第で周囲の動きが定まるような感じ、それは僕に充足感をもたらすと同時に、疲労感ももたらす。
 あっという間に一日が過ぎ、「ああ、3時のコーヒーを飲み忘れた」と思ったりする。

 多忙と暇のどちらがいいと思いますか?
 僕は最近、多忙のほうがずっといいような気持ちになっている。就職する前は、今で言うようなブラック企業に勤めることをとてもおそれていて、できるだけ勤務時間の安定した仕事をしたいと思っていた。仕事をする意義もやりたいことも考えられず、ただ生活の安定を、欲していた。つまりは不安定さを極度におそれていたのだ。

 そして今、幸いにして安定した職を得て10年以上になる。忙しい部署に配属されることもあるけれど、おおむね平和な安定した日常を送っている。だけど充足感はあまりない。
 僕が意外だったのは、暇を楽しむというのは、めちゃくちゃレベルの高いことだったということだった。
 
ビジネス書を読んだりしたけれど、暇な時間を充足させる方法についてはわからなかった。仏教の瞑想の本にヒントがあったけれど、「妄想を遠ざけ、自分を感じ続ける」というもので、これもとても難しかった。せめて妄想でもしていないと、10分すら暇な時間を過ごすことは難しかった。

 というわけで、僕はこれからの生き方を考える上で、①もっと忙しい仕事に変わる、もしくは、②瞑想をマスターして、自分を感じることで充足できるようになる、のどちらかに進むしかないのかな、と思っている。