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TO BE FREE

〈自分になる〉ために

水を飲んだ後、そして布団に入る手前

僕は今日もお風呂上りにチョコレートを食べた。
蛇口から出るお水とともに。

会社では、お水に含まれてるという物質についての
話で持ちきりだった。
ある人はもともと備えていたきれいな水について話した。
ある人は西日本からの特別なルートできれいな水を手に入れたと言う。
それぞれに大人である。
情報に基づく行動は大人ならでは、とも言える。

しかし、この場合問題とされているのは
乳児だということに、少し思いを寄せて欲しい。

僕には先月生まれたばかりの乳児がいるが、
人々が落ち着くまでは、水道水を使うことになりそうだ。
とはいえ、それが子供に深刻な影響を与えるかというと、
そんなことはない、と僕は思っている。
これも、情報による判断の裏側。

結局、人は信じたいものだけを信じる。
それができなくなるのは、理不尽な力で、遥かに困難となった現実を生きることと
なった場合のみである。
それは、僕の住む場所より「北」の方で起きている。
僕は、小さな子供を抱えて避難するという状況に思いを寄せ、戦慄する。

ある点までは全然ヘッチャラ、ある点からは完全にムリ
その点のはるか手前で、僕たちは慌てているようだ。
もう少し、落ち着きたい。
落ち着かなければ、ある点を越えてしまった人たちに、何も届かない。

僕は、困っている人のために特段のことを、やっていない。
自らの生活を、家族を守らなければならない。
こんな時に、ある点を越えていない平穏な僕らに
まずできることは、興奮に満ちた情報戦ではなく、ただのありふれた
生活だということを、僕は思う。

私が幸せでありますように
私の親しい人々が幸せでありますように
生きとし生ける者が幸せでありますように

これは仏教のお祈りの言葉だが、
感動的でありながら、過不足のないお祈りだと思う。