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TO BE FREE

〈自分になる〉ために

無常ゆえに、無常

すべては無常である。
その考えにとらわれたのは小学生の頃だったと思う。
僕の寝室は、リビングの隣の部屋だったのだけれど、
電気の消えたリビングの闇は深く広く
その暗闇を見つめながら
「見えていないということは、リビングは存在していないのかも知れない。」
と思ったことがきっかけだった。

目を閉じた瞬間にこの世界は消え去って
そして目を開けた瞬間に手品のように、つじつま合わせのように
見慣れた世界が広がっているのかもしれない。
それは、もしかすると、僕は一人ってことなのかもしれない。

そんなことを考えて怯えることがあった。
僕の意識だけが本物で(オトナになって、それすらも証明不可能だと知った)、
僕の周りの人たちは、空想の産物なのだとしたら
それは、子供にとっては恐ろしい考えだよねえ・・

いつか死んでしまうという事実は、確かに恐ろしいけれど
遠い未来の話のようだったから、むしろ僕にとっては
「現実ってないのかも!」という発見が恐ろしかった。
あれはきっと反抗期の直前。


人はいろいろと考えてしまう。
確かなものが欲しいから、仕事や、夢や、家族や、お金や、
執着してしまうことは、よくある話だ。

だけど、確かだと思ってもそれはとても不安定な物事であって
本当に確かだと思えるのは「一切は無常である。」ということだ。

すべては、望むようにも、望まないようにも、変化してゆく。

時々思い返すこともあるけれど

思い返すごとに、きっとそれらは姿を変えている。

嗚呼!と声を上げたくなるほど、生きることは不可思議だ。