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TO BE FREE

〈自分になる〉ために

モノローグの日々に思い返すダイアログ

引越しが近づいてきたので、部屋を少しずつ寂しくしている。
捨てるもの、連れてくもの、忘れちゃってたもの、
「もの」はあれこれ、時々僕にいつかのことを思い出させる。

過去を旅するのなら、誰かと一緒がいい。
確かにそう。誰かと話しながら、
「ああ、そうだったね。」
なんて言いながら。

だけど、こうやって一人きり(妻は1週間ほど実家に帰っている。)
過去を旅することも、決して悪いことではない。
やたらに、胸を締め付けられてしまうのは、
誰かと思い出す過去と違って、
もはや、思い出す誰かが、目の前にいないということに気づくからだ。

僕は、携帯電話の機種変更をおおむね1年くらいでするので、
今部屋には6個くらい、昔のものが残っている。
先月変えたばかりなので、2つ前と3つ前の携帯電話に、
久しぶりに電源を入れてみた。

ああ、こんな壁紙にしてたんだ、と思った時点で
僕は少し胸が痛んだ。

それから、メールを開いた。

僕は、今はほとんどメールをしない。
何か、具体的な用事があるときに限られている。
だけど、かつては、誰かと何かを話すために、
日々使っていたのだ。

誰かが、好きな音楽を教えてくれた。
学部の変更や、恋人とのことの悩みを打ち明けてくれた。
いくつかのメールのあとで、僕は食事に誘ったのだ。

女の子と食事をすることが好きだった。
恋愛とは、少し違ったとしても。
予想もつかない話題や、僕自身の予想もつかない反応。

ともあれ

メールには、どうしても思い出せない人とのやりとりもあって、
そして、メールの内容が親密だったりすることに
愕然とした。


誰かから、かけられ続けた、「やさしい」言葉に、胸をつかれた。
そして、いまさら、メールをしたとしても、
かつての親密なやりとりは、望むべくもないと思ってしまう。

日々が流れて、僕は全部覚えていられるような気分でいるけれど
本当は、ずいぶんとたくさんのことを、忘れているのだ。

それがとても悲しい。


やさしい言葉が、必要だ。きっと誰にとっても。
僕は、そうありたいと思っている。

カレル・チャペック
ヘルマン・ヘッセ
カート・ヴォネガット