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TO BE FREE

〈自分になる〉ために

夜更けのエントロピー

日記、
なんだか、一人での過ごし方を忘れてしまったみたいだ。
最近、少し元気がない。
休日には本を読むばかりで、外出するといってもスーパーと図書館くらい。
もちろん、本のなかでは素敵な時間を過ごすのだけれど。

奥さんが、妊娠のためとはいえ、
今ここにいないというのは、苦い。
東京に、僕一人しかいないような気になる。
馬鹿みたいな話だけど。


改行

大量に本を買い、本を借りている。
アレッサンドロ・バリッコ
エドモンド・ハミルトン
アンジェラ・カーター
ダン・シモンズ

本を読むことをちょっと休んで、
テレビをつけてみたら、
小坂明子の「あなた」が流れていた。

この曲を、僕は一度だけ聞いたことがあった。
昔、といっても3年前の話だけれど、
好きだった女の子がカラオケで歌っていたのだ。

僕にとって、一番印象に残る失恋だったのね。
「失恋」以降がとても甘い思い出になっている。
おそらくたくさんあっただろう傷は、
もう思い出せないほどに消えていて、
無理に思い出そうとすると、
なんだか切ないばかりなので、
甘い雰囲気だけを残した空気みたいな思い出になっている。

僕が彼女と最後に連絡をしたのは僕が結婚をする直前だった。
突然電話がかかってきたのだ。
「どうやって結婚に向かってるか教えて欲しいの。」
彼女は当時彼氏がいて、結婚を考えているのに、
両親が認めてくれないと言うのだ。
僕は、僕の結婚への経緯を説明しつつ、
彼女の結婚についても楽観的ながら根拠の無い言葉を告げた。
僕は、なんだか嬉しかったことを覚えている。
昔好きだった女の子と、それぞれの結婚について話しているという事実に。

僕の会社では、社員の訃報と、結婚についてはパソコンで知ることができる。
まず、去年の9月に僕の結婚がのった。
それから、おおむね毎月発表される結婚情報を
なんとなく気にして見ていた。
1年以上、時は流れた。
そして先月、ようやく彼女の結婚を知った。

そして今月。
会社の研修でたまたますれ違った彼女に
「結婚おめでとう」
と告げた。
彼女は妊娠していた。
「おめでとう」
重ねて告げた。

僕は、なんとなく彼女とはもう会わないような気がしている。
福岡に戻るにせよ、東京にとどまるにせよ。
2年前に、最後に二人で食事をしたときに、
なんとなくそんな予感はあった。

そのときは、僕はまだ今の奥さんと出会っていなかったし、
彼女は以前の恋人と別れてひとりだった。

僕と彼女が親密だった時期は、
彼女に恋人がいて、僕が「恋人がいること」をたてまえとしてふられた後だった。

僕と、彼女は、今思えば、付き合ってうまくいく可能性はまったくなかった。
どちらかに他に恋人がいるという前提でのみ、うまくいっていた。
僕は、注意深く、その距離感を保っていた気がする。
そして彼女も。
そんな関係が、続くはずはないのだ。
少なくとも僕にとっては痛みを伴う。
はじめから矛盾していた。

彼女はカラオケで「あなた」を歌った。
僕はスピッツの「チェリー」を歌ったはずだ。
僕は青臭くありたいと思った。
彼女は僕にとって「大人」であり続けてほしいと望んでいた。

そしてすべては過ぎ去って、今の幸せがある。
スパークリングワインを飲みすぎて
ちょっと頭が痛い。
眠たいし。

こうゆう日は、現実感がなくなってしまう。
過去が、おそらく多分に作り変えられている過去が、
甘い香りをともなって僕を包む。