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TO BE FREE

〈自分になる〉ために

僕のファッションの歴史

なんとなくだが、服のセンスが変わってきたような気がする。
ファッションには時代の力や個人の気分やその人の歴史を含んでいたり、
そんなことで決まっていくような気がするのだが、それが変わってきたのだ。
自覚するほどに。

結婚がきっかけなのは確かだろう。
妻のファッションに合わせようとする気持ちが働くのかもしれない。

妻はカジュアル、あるいはコンサバである。
「服は楽チンが一番や」
そういいながら身につける柔らかい素材の柔らかな色彩の服は
うん、とてもよく似合ってる。
好きなブランドはSTRAWBERRY FIELDSだ。

一方僕はと言えば、かっちりモード系が多い。
「服はシルエットが大切だよ。」
そういいながら身につける僕の服は細身で暗い色彩である。
似合っているかどうかはよく分からない。
モルガンやキャサリンハムネットロンドンの服が多い。

そんな二人が並ぶと違和感が(笑)
できるだけ合わせようとするのだが何しろ持っている服が偏っているのだ。
特に僕の服が。
そこでこの冬が始まる間際にユニクロで白のダウンジャンパーを買った。

そりゃ、最初は違和感あるよ、自分でもさ。
だけど着てみると暖かいのね、実際。
さわり心地もとてもよい。動きやすいし。
そして今まで着たことのなかった白という色が我ながら似合ったんだよねえ。
シルエットはそれでも違和感あったんだけどね。
だってダウンはもこもこだから、
それまで来ていたモルガンの細身千鳥格子の茶色のコートとはまったく違う。

だからこの冬は一人ででかけるときにはモルガンのコートを
二人のときはユニクロのダウンジャケットを着ることになった。

そして冬が終えようとしているこの季節に、
僕は一人でもユニクロのダウンジャケットを着るようになった。
これは象徴的な出来事だな、と我ながら思った。

僕のファッションの自立は18歳の秋だった。はっきりおぼえている。
それまでは母親の選んだ「成長を見込んだ大きめで安い服」を着ていた。
眼鏡も視力矯正の観点からレンズの大きな鼈甲縁の眼鏡をつけていた。
白のセーターに赤いビニール地のパーカーを着て、
量販店の薄くて柔らかいジーンズを着て、マジックテープつきのスニーカー。

大学入学後もそんないでたちで毎日過ごしていたのだが、
あるとき僕の所属していた5人くらいのサークルの先輩が
面白がって言った。
「お前を改造してやろう」

そして僕はまず大丸(福岡のデパート)のジュンメンでベージュのブルゾンと
もう少し薄めのベージュのパンツ(確か笹のような模様が入っていた)
そしてTシャツを何枚か手に入れた。
その頃できたアウトレットモールではアローズの黒いコートを手に入れた。
さらに茶色のスエードの靴も買った。

次に眼鏡やでフチなしのレンズが小さくゆるやかな四角形をした、
しかも薄型レンズの眼鏡を手にいいれた。

最後の仕上げは髪型だ。それまでは癖毛になんの手入れもせずに
しかも刈り上げを繰り返していた。
ちょうど伸びて切ろうとしていた時だった。
僕は生まれて初めて美容院に行った。
そして出来上がったのは、長さを残して毛束感を残した形で、
そこにアッシュ系のブラウンの色を入れた。

その変化は、ねえ。
我ながら驚くくらいによくできた変身だった。
気持ちは明るくなったし、不思議と友達も増えた。
とりわけ周囲の女の子は面白がって話しかけてくれた。
こっちもそれまで苦手だった女の子に接することに慣れていった。

それから僕は服装を意識するようになり、
少しずつ、シャープで個性的な服装を好むようになった。

その傾向は強くなり、いつしか
身長は180センチあるのに、インナーはS、アウターはMサイズになっていった。
これは体の細い僕には見た目には大丈夫だったんだけれど
動きにくかったのね。
一度はSサイズのジャケット買っちゃって、それは何度か着たけれど
もう着ることはない。

そんな傾向に歯止めがかかったのが今回の結婚だ。
着心地とか相手とのバランスを考えるようになった。

昨日は二人で服を買いに行った。
彼女はSTRAWBERRY FIELDSで薄青色のスプリングコートを買った。
僕はタケオキクチで、ベージュのスプリングコートとピンクのTシャツを買った。

帰って着てみたんだけれど、デザインはすごく気に入っているのに
なんだか着心地が悪い。
僕のアウターはMという鉄則に従ったのに。

僕は18歳までのだぶだぶの服トラウマがあるから避けてきたんだけれど
そろそろアウターLサイズに回帰するのかもしれない。

そしてそんなことは妻にとってはどうでもいい話なわけで
「楽チンが一番やよ」

その一言が僕はなんだか嬉しかったりする。