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TO BE FREE

〈自分になる〉ために

理系の人にたよりっぱなしだ

理系の人間の方が実は想像力や空想力に富んでいるというのは、
それはきっと、現実が証明可能ながら不確定な事象に溢れているからだろう。
こうかもしれないということが、証明される快感というものは分からないでもない。

東京と九州の間に長い鉄の棒を置いてみて、
九州から棒を10メートル引っ張ってみたら、
その瞬間に東京から棒が離れるのではなくて、
東京からの移動は少し遅れる、とかね。

経済学については、僕が感じているのは、
つきつめれば、人間の労働そのものに不合理を感じるかもしれない。
僕らを働かせているのは、僕らだ。
拡大生産。捨てられる製品。

文系だけれど社会学、高齢社会は悪だろうか。
試算では人口が今の3分の1に減少して
全員が都市部に集中して住むのが、
経済的にも環境問題に対しても有効だという逆説。
高齢社会は、人口減少へのステップ。
これを発展と見るか退行と見るか。

生き難い社会であることは、誰もが思っている。
だけど、昔が良かったなんて言い切れるほど僕は甘くもない。
理系の友人が言った。
「僕らの作り出すものは、人間を幸せにするんだろうか」
そうだよ。
君たちの努力を求めるのもふいにするも、人間だ。

ありふれた道徳を語る人間。
これがいけない。
「金が全てではない」

ホリエモン事件で最近よく語られる言葉だ。
だが、僕は思う。
彼が納めた税金は、君たちが束になっても払えない額だ、とね。
成功者が誉れを得ない国は、つまらない。
階級社会、おおいにけっこう。
下は下なりに、楽しんでいるのだ。
格差社会について不平を言っている人間ほど、差別意識が強いという矛盾。
彼らに共通するのは、負け組みになる恐怖だ。

書店に溢れるのはいかに金を稼ぐかという本ばかり。
これが現実なのだ。
統計があるのか知らないが、
「あなたはこれで幸せになる」というタイプの本と
「あなたはこれでお金持ちになる」というタイプの本では
どちらが多く発行されているのか。

ちなみに僕が以前求めたのは前者だった。
今はどちらも買わないが。
本のおかげかは知らない。
実践にいかした覚えなどない。

しかし僕は今幸せだ。
それは今の恋人、ただそれだけのために。
彼女以上を想像することもできないような、人だ。

では
「あなたはこれで恋を叶える」という本が有効なのか。
そうゆうわけでもないだろう。

成功も恋愛も金銭も、幸せには必要なことだ。
時に十分だったり不足したりの繰り返しそのものが人生だとしたら、
僕等はなんて残酷なゲームの只中にいるのだろう。

幸せが何かなんて分からないのだ。

全ては結果論
ならばもう少しだけ、
自由に生きてみないか。

ニュートンは孤独だった。
力学と天文学と物理学をまとめあげて「プリンキピア」を書き上げて、
世界のスピードを50年速めたくせに。

ゴッホは誰にも認められないままに、
自分を撃ち抜き、3日間ゆっくりとかけて死んだ。


幸せになりたいと漠然と思っているなら、
それはもっとも幸せから遠い行為なのだと思わなければいけない。

文系出身の僕が、究極の人間の幸せを作り出す発明品を考えるならば、

「死を、最上の幸福だと思わせる薬」

ああ、人間は生の中に幸福を探すくせに、
つきつめれば幸福な死を望むという矛盾