TO BE FREE

〈自分になる〉ために

吹き出物はもう無い


今日、会社から出たときに感じた空気はまさに春だった。
夏も秋も冬も、空気ではっきりと季節の変化を感じ取れるときがある。
また、始まる。昨年ほどの劇的な変化は無いにせよ、何かはあるのだろう。

予感。
それは胸締め付けられる思い。
未来へ向けたノスタルジー。

大学時代の先輩からメールが来ていた。
相変わらず長いメール、俺以上だ。

「時間差で出てきた焼き立てのパンを選ぶんじゃないんだから・・」
から始まるメールにはやはり軽い叱責が。
「買うパンはいっちょだけなんだよ。お前買わずに何とかしよーっつーさもしさが・・」
この辺で分かった。女関係での僕の甘さに対してだ。
「誰にでも優しくすることは優しさではないですよ。」
「優しいときも優しくない時もともに過ごせる伴侶を」
「おまえの優しさに反応する人ではなくて、おまえ自身が一息つける
 自然に振舞える、そんな人を」

・・相変わらず痛いところを突く。
凡庸な言葉は、糖衣に包まれてもいないわけで、剥きだしになって僕を攻める。
その先輩の優しさに感謝しながら、「でも・・」としか言えない。

確かに、このままではいけないと思う。
勝手に好きになって、勝手にあきらめて、中途半端な関係を続け、
痛みが薄くなったところで剥がす。
完全に痛みがなくなるわけではないのに。

結局僕は自分しか愛してはいないのだと思いながら、
それでも一人を、自分以外の一人を愛せたらいいのにと思う。

もうすぐ4月。前好きになった子と会って1年だ。
もう、以前のように辛くはない。もう、剥がすこともできるかもしれない。
そういえば最近連絡していない。痛みは心地よいレベルになっている。
かさぶたを剥がす直前のような。
早く剥がしてしまいたい。
しかし心はまだ傷ついているかもしれない。
もう少し、あえて自分からは剥がすまい。
時間がたてば、自然となくなっているものだ。
グロテスクな傷跡を残しながら。