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TO BE FREE

〈自分になる〉ために

僕と弟だけが「カタい」職を選んだ理由

生き方 福岡移住

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親戚の中で僕と弟だけが上京し、割とカタい感じの仕事を選んでいます。

僕は国家公務員になり、弟は生保関係の上場企業の総合職に就職しました。

 

その一方、いとこは、料理人や、建築の仕事や、看護師さんとして働いています。

大変なこともありそうですが、地元に根付いて楽しそうに暮らしています。

 

おじさんの一人は、与論島という島に暮らしています。

毎日のようにビーチで焼酎を飲み、ギターを弾きながら近所の人から食料のお裾分けをもらったりして暮らしているそう。

ちなみに、与論島とは、こんな島だそう。

行ってみたいなー!

matome.naver.jp

 

他のおじさんも、独身を貫き、決して定職には就かず、お金ができれば釣りやキャンプに出かけるという感じです。

医者嫌いで、虫歯になった時に自分で抜歯をして、その後アロンアルファでつけなおしていました。かなりワイルド、かつ自由。

 

もう少しさかのぼってみましょう。

 

僕の父は左官の工務店の会社を経営しています。

僕の通った幼稚園の建築にも、父がたずさわっていました。

 

その会社は、そもそもは父方の祖父が創業したものです。

僕が子供の頃には、祖父は会社を父に引き継いでいましたが、彫刻家に転身していました。

祖父の家に行くと、廊下にブロンズの裸婦像がひしめいていて、なかなかホラーでしたね。。夜中にトイレ行けない。

祖父に海に連れて行ってもらった時は、砂浜で巨大なピラミッドとスフィンクス像を作ってくれて、そのクオリティの高さに驚きました。最後は波にさらわれましたが。

 

母方の祖父は、地元熊本の豪族の家系だったそうですが、すべてを捨てて祖母と駆け落ちしています。

終戦後は炭鉱マンとして、日本の高度成長を支えたそうです。

この祖父はなかなか男気のある人だったそうで、仲間と一緒に手作りで自宅を建てています。たぶん、違法建築です。建物の基礎に空瓶とか使われていましたし。。

 

という感じで、割と自由な雰囲気の血族です。

いわゆるサラリーマンとしてデスクワーク仕事をしているのは僕と弟だけです。

 

なので、僕と弟の就職先は、かなりインパクトがあったようです。

就職先そのものは褒められましたが、上京については、「何でね!」という反応でした。

与論島のおじさんは、「東京の空気は、灰色なんやぞ!」と力説していました。

 

たしかに、地元福岡、いい場所でした。

自然があり、都市も近く、食べ物も美味しい。大切な人間関係もたくさんありました。

だから、僕も、弟も、地元に根付いて働きたかいという気持ちはあったと思います。

 

そこを僕や弟があえて上京し、カタい職を選んだ理由には、母の言葉が大きかったように思います。

 

「母子家庭やからって、馬鹿にされたらいけん。」

「ちゃんと生活できる仕事に就かんと、私はこれ以上何もしてやれん。」

 

何度も言われたと思います。そのたび、漠然とした不安を感じていました。

そして、たぶんイライラしていたんだと思います。

 

東京に出れば、ちゃんとした仕事に就いてさえいれば、

そんなプレッシャーから逃れられると思ったんでしょう。

最終的に選んだのは自分自身だというのは間違いありませんが。

 

ただ、僕たちも年齢を重ねたおかげか、そうした母の言葉による不安感は解消されてきました。

実際、弟は数年前に転職し福岡の企業に転職しました。

前職のストレスがかなりあったようですが、転職後は収入が下がりながらも、とても幸せそうです。最近は地元の友達とバンドを組んだ模様。

 

というわけで、弟が転職し、僕も独立しようとしているため、母としては複雑なようです。

 

できれば、安心させたいところですが、こればかりは論理的に説明しても納得されないことだと思います。

 

実際に独立してもきちんと生活することができていて、しかも幸せだという姿を見せるしかないのかな、と思います。